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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)3714号 判決

原告 藤井隆一

右訴訟代理人弁護士 浅井岩根

被告 株式会社 富士洲興産

右代表者代表取締役兼被告 雛田祐次

〈ほか四名〉

右被告六名訴訟代理人弁護士 松尾利雄

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一三〇万九〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金一九八万九〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和六一年当時五九歳になる会社員であり、昭和五〇年三月三一日に別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を日用開発有限会社から金一六三万三五〇〇円で購入し所有していた。

(二)(1) 被告株式会社富士洲興産(以下「被告会社」という。)は、昭和六〇年三月三〇日、不動産の売買・仲介等を業務目的として設立された会社である。

(2) 被告雛田祐次(以下「被告雛田」という。)は、後記2の行為(以下「本件行為」又は「本件違法行為」という。)当時から、被告会社の代表取締役であるとともに、その北海道における関連会社の富士住宅株式会社(以下「富士住宅」という。)の資本を実質上全額出資している者である。

(3) 被告井上隆一(以下「被告井上」という。)は、本件行為当時から、被告会社の取締役であるとともに営業部長であった者である。

(4) 被告村岡俊一郎(以下「被告村岡」という。)は、本件行為当時から、被告会社の取締役であるとともに富士住宅の取締役である。

(5) 被告大沼悠輔(以下「被告大沼」という。)は、本件行為当時から、被告会社の監査役であるとともに富士住宅の代表取締役である。

(6) 被告山本佳宏(以下「被告山本」という。)は、被告会社の従業員で、本件行為当時営業部次長であった者である。

2  本件違法行為

(一) 被告会社は、かねてから、原野等の所有者に対し、その売却方斡旋を餌にして巧妙な詐欺的手口で測量工事代金等名下の金員を騙取する「変形原野商法」ともいうべき営業活動を行い、多数の被害を発生させてきた悪質土地取引業者である。

(二)(1) 被告会社の営業部次長の被告山本は、昭和六一年二月末頃と同年三月一日頃の二度にわたって原告方に架電し、「あなたの持っている北海道の土地(本件土地)は坪当たり三万円で売れますがどうですか。」等と勧誘したうえ、同年三月二日午後六時頃、原告方を訪れた。

(2) そして、同被告は、原告に対し、「今年の九月末までにはあなたの土地を金一〇八九万円(坪当たり三万円)で転売してあげます。売れたときに報酬として金三五万円頂けばよい。」と申し入れ、本件土地を確実に金一〇八九万円で転売できると称し、それができない場合は被告会社が買取る旨約束すると申し述べたうえ、「少し考えさせてほしい。」と返答する原告に対し、「この場で返事してもらわねば困る。」と即答を迫った。

(3) その結果、原告は、真実被告会社が本件土地を金一〇八九万円で転売してくれ、万一転売できない場合には買取ってくれるものと信じて、被告会社にその売却方斡旋を依頼することとし、その旨の「約定書」を交した。

(4) そのうえで、被告山本から、「本件土地を売却するには下草を除去して測量し、境界杭を設置することが必要であり、その費用として金一〇八万九〇〇〇円を要する。」の説明を受け、これをやむをえないものと信じ、右測量(以下「本件測量」ともいう。)等を代金一〇八万九〇〇〇円(以下「本件測量等代金」という。)で被告会社に請負わせる旨の「測量工事請負書」を取り交した。

(5) そして、原告は被告会社に対し、右測量等の工事請負代金名下に次のとおり合計金一〇八万九〇〇〇円を支払った。

昭和六一年三月三日 金二〇万円

同年三月二〇日 測量結果報告書と引き換えに金八八万九〇〇〇円

(三) ところが、本件土地の時価はせいぜい金三万円(坪当たり八三円)位しかせず、これを金一〇八九万円(坪当たり三万円)で転売できる可能性は全くないものである。

なお、原告の購入した金一六三万三五〇〇円という価格は、原野商法による法外なものであって、何ら本件の基準とはなりえない。

また、前記金一〇八万九〇〇〇円は、測量費用としては法外な高額である。

(四) 右のとおり、被告らは、本件土地を金一〇八九万円で転売する意思も能力もなく、またその可能性もないのに、当初から測量等の請負代金名下に金銭を騙取する目的で、あたかも本当に本件土地を金一〇八九万円で売却斡旋するかのように詐言を弄して、その旨原告を誤信させ、原告から金一〇八万九〇〇〇円の交付を受けたものであって、これは詐欺行為であり、不法行為の違法性を具有する。

3  責任

(一) 被告山本の責任

被告山本は、本件行為に直接従事した者として、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(二) 被告雛田の責任

(1) 被告雛田は、被告会社の代表取締役として、被告会社の詐欺商法を企画立案、推進し、被告井上、同村岡、同大沼、同山本等の取締役、従業員を指揮監督し、手足として動かして、本件行為その他の詐欺行為を行わしめてきたものであるから民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(2) また、被告雛田は、被告会社の代表取締役として被用者の被告山本を選任監督する地位にあった者であるから、民法七一五条二項に基づく責任を負う。

(3) 更にまた、被告雛田は、被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき故意又は重過失があったのであるから、商法二六六条の三に基づく責任を負う。

(三) 被告井上の責任

(1) 被告井上は、被告会社の取締役営業部長として、営業部次長の被告山本を直接指揮監督し、手足として動かして本件行為を行わせたのであるから、共同不法行為者としての責任を負う。

(2) また、被告井上は、被告会社の取締役として、被告山本を選任監督する地位にあったから、民法七一五条二項の責任を負う。

(3) 更にまた、被告井上は、被告会社の取締役としての職務を行うにつき故意又は重過失があったから、商法二六六条の三の責任を負う。

(四) 被告村岡の責任

(1) 被告村岡は、被告会社及び富士住宅の取締役として、被告会社の前記商法を勧誘する対象者(北海道の原野等の所有者)を見つけ出して被告会社に連絡するなどの役割を担っていたものであるから、共同不法行為者としての責任を負う。

(2) また、被告村岡は、他の取締役と一体となって、被告山本を日常的に指揮監督し手足として動かして、本件行為をさせたのであるから、不法行為責任を負う。

(3) 更にまた、被告井上の(2)、(3)と同様の理由により、民法七一五条二項或いは商法二六六条の三の責任を負う。

(五) 被告大沼の責任

(1) 被告大沼は、富士住宅の代表取締役として、被告村岡を直接指揮監督し、被告会社の前記商法の対象者を見つけ出して被告会社に連絡するなどの役割を担っていたのであるから、共同不法行為者としての責任を負う。

(2) 被告大沼は、被告会社の監査役として、他の役員(取締役)と一体となって、被告山本を日常的に指揮監督し手足として動かして、本件行為をさせたのであるから、不法行為責任を負う。

(六) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、右2に述べたような手口で金員を騙取することを業としてきているものであり、このことは代表取締役以下従業員に至るまで十分に知悉しており、被告会社が有機体としてなす企業活動そのものが不法行為を構成する。したがって、被告会社は、その企業活動としてなされた本件行為につき民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(2) また、被告会社の代表取締役である被告雛田が、その職務を行うにつき原告に損害を与えたものであること右(二)記載のとおりであるから、被告会社は民法四四条一項(商法七八条二項、二六一条三項)により不法行為責任を負う。

(3) 更にまた、被告会社は、その被用者である被告山本が被告会社の事業の執行について前記不法行為をなしたのであるから、民法七一五条一項に基づく責任を負う。

4  損害

原告は、本件違法行為により、次のとおりの損害を被った。

(一) 物的損害 金一〇八万九〇〇〇円

原告が本件測量等代金名下に騙取された金員相当額。

(二) 精神的損害 金五〇万円

原告は、被告会社の詐欺商法に引きずり込まれ、人間不信、自責の念、周囲への配慮に苦悶し、弁護士等への相談、本訴提起を余儀なくされた。原告の被った右苦痛・負担を慰藉するには金五〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 金四〇万円

本件訴訟に要する費用は、日本弁護士連合会報酬等基準によれば、金四〇万円を下ることはない。

5  よって、原告は被告らに対し、各自右損害賠償金一九八万九〇〇〇円及びこれに対する本件違法行為終了の日である昭和六一年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1項中、被告村岡が富士住宅の取締役であることは否認するが、その余の事実は認める。

2  同2項中、被告山本が昭和六一年二月末頃原告宅に架電し、同年三月二日頃原告宅を訪れ、本件土地を金一〇八九万円(坪当たり三万円)で転売すると申し入れたこと、同日原告主張の約定書、測量工事請負書を取り交したこと、右測量等の請負代金として原告主張のとおり合計金一〇八万九〇〇〇円を受領したこと及び測量結果報告書を原告に交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3、4項の事実は否認し、主張は争う。

三  被告らの反論

1  被告会社は、従業員約一五名を擁し、兵庫県淡路島にある自社所有の別荘用地その他の販売をなす等正当かつ健全な不動産業務を営む会社であり、本件のような北海道所在の土地の転売の仲介業務を営んできたが、現実に年間約一五〇件に及ぶ転売に成功しているものである。

2(一)  本件土地は、原告が昭和五〇年三月に金一六三万三五〇〇円で購入した土地であり、以後一二年もの期間が経過し、現在は金一〇〇〇万円近い価格に値上りしている筈であるし、被告会社としては、予め現地の不動産業者等に問い合わせるなどしてその転売価格を決めたものであるから、原告に申し入れた転売価格は十分根拠のある価格である。

(二) また、被告会社の取引先には医師やパチンコ店経営者等の有資産者が多数おり、これらの顧客には、税金対策やグリーンカード制導入への対策として裏金を置き換える目的で不動産を購入する者が多いのであって、被告会社においてはそのような顧客に対し相当の販売実績を上げてきた。

(三) したがって、被告会社としては、本件土地を前記価格で十分に転売しうる自信を持っていたものである。

3  本件土地は、辺ぴな地域にある山林で、昭和五〇年三月以降一〇年以上も放置され雑草、灌木が茂り、境界も不明確となっていたのであるから、その境界確認のため測量をする必要があり、これなくして転売しえないものであることは明らかであるし、下刈伐採・測量等の費用として金一〇八万九〇〇〇円は決して高額なものではない。

4  被告会社は、原告から本件測量等代金を受領した後直ちに測量工事に取りかかり、昭和六一年三月二〇日現実に測量を完了し、土地家屋調査士の田中富士男に測量費金四四万五六〇〇円を、富士住宅に下刈費用金二五万円を支払っているのであって、右土地を他に転売する意思を有していたことは明らかである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1項中被告村岡が富士住宅の取締役であるとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、被告村岡が本件行為のあった昭和六一年二、三月当時から富士住宅の取締役であることは《証拠省略》により認められる。

二  そこで、請求原因2項について検討する。

1  請求原因2項中、被告山本が昭和六一年二月末頃原告宅に架電し、同年三月二日頃原告宅を訪れ、本件土地を金一〇八九万円(坪当たり三万円)で転売すると申し入れたこと、同日原告主張の「約定書」、「測量工事請負書」を取り交わしたこと、右測量等の請負代金として原告がその主張のとおり合計金一〇八万九〇〇〇円を支払ったこと及び測量結果報告書が原告に交付されたことは当事者間に争いがない。

2  そこでまず、被告会社の事業内容、体制、活動状況並びに本件行為の経緯について見る。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)(1)  被告会社は、かつて山林、原野の販売を営んでいた株式会社大隆の従業員及び同じく株式会社むつの代表取締役をしていた被告雛田が中心となって、昭和六〇年三月三〇日に設立した会社で、主たる業務内容は不動産の売買及び仲介であり、設立以来兵庫県淡路島に所有している別荘用地の販売と北海道の山林、原野等の販売の斡旋仲介を手がけてきたが、地目山林、原野の土地しか取り扱わないということで、社内には宅地建物取引業法所定の取引主任者は置いていない。

(2) 被告会社は従業員約一五名で、そのうち営業担当は約一〇名であり、取締役営業部長の井上がこれを統括し、その下に営業部次長の被告山本及びその他の従業員が配置されている。

(3) また、被告雛田が実質上資本の全額を出資して、北海道の札幌に関連会社の富士住宅を設立し、同被告の意向に基づき、被告会社監査役の被告大沼が富士住宅の代表取締役に、被告会社取締役の被告村岡が富士住宅の取締役にそれぞれ就任し、両名は主に富士住宅の業務に携わってきた。

(4) 被告会社及び富士住宅においては、まず、富士住宅の従業員が北海道所在の山林、原野を把握したうえ、関係法務局で不動産登記簿を閲覧して山林、原野の所有者の名簿を作成し、これを被告会社に送付し、被告会社では、被告井上の指揮監督の下に被告山本その他の営業部員が、右名簿に基づいて各所有者方に架電、訪問して、山林、原野を高額で転売してやると申し向け、転売方斡旋、仲介を約するとともに、転売するには予め測量等を行う必要があるとして「測量工事請負契約」の締結を勧誘し、その代金名義で対象土地の価額に比較すると不相当に高額の金員を受領するという方式で活動を行ってきた。そして、被告会社は、右「請負契約」を締結し代金の一部を受領した後、かねてから富士住宅の紹介により業務提携している土地家屋調査士の田中富士男等に測量を発注し、また富士住宅に下刈伐開を行わせて、その測量結果報告書等を右顧客に交付するのと引換えに残金を受領してきた。

(5) 富士住宅が登記簿を閲覧し、名簿の作成、送付を行うのは被告会社代表者の被告雛田の指示に基づくものであり、富士住宅では、代表者の被告大沼の把握、指揮の下で、直接には被告村岡が担当責任者となって、右の作業を実行してきた。

また、勧誘対象者に示す転売提示価額や測量等の代金額は、被告雛田の意向に基づいて定められてきたし、勧誘の状況、結果についても、被告雛田は具体的にその報告を受け、把握してきた。

(二)(1)  原告は、かつて昭和五〇年三月三一日に、日用開発有限会社から有利な利殖と勧められて本件土地を代金一六三万三五〇〇円で購入したが、その後、同年八月頃、本件士地が売却できるか否かを北海道庁に問い合わせたところ、右土地は金一万円(坪当たり三〇円)程度の価値しかない旨の説明を聞き、騙されたことを知り、落胆していた。

(2) そのため、右土地はそのまま放置してきたところ、昭和六一年一月末頃二度にわたり、大阪中央建材という不動産業者から本件土地を坪当たり三万五〇〇〇円位で他に転売してやる旨の電話が入ったことがあり、応対に出た原告の妻の静代はこれを断ったが、これと時期を接して同年二月末頃、被告会社従業員の被告山本から、本件土地を坪当たり三万円で他に転売してやる旨の電話が入った。応対した原告の妻静代は、幾分心を動かされつつ、「考えておく。」といった程度の回答をしたところ、同年三月一日頃、再度被告山本から電話を受け、静代は同被告の訪問を了承した。

(3) その翌日の午後六時頃、被告山本が原告方を訪れ、原告・静代夫婦に対し、「本件土地を同年九月末までに坪当たり三万円、合計金一〇八九万円で他に転売してあげます。万一右期限までに現金にならない時は、被告会社が責任をもって金一〇八九万円を立替え支払います。」と申し入れ、一一時頃まで長時間にわたって、種々右転売方が確実であることを説明し、勧誘した。原告らは、一旦は「一日返事を待ってほしい。」と即答を拒んだが、被告山本は、その場での回答を強く求め、説得した。そこで、遂に、原告は、被告山本の言を信じ、同年九月末日までに代金一〇八九万円を入手できるものと考えて、同被告の申入れに応じることとし、本件土地を右価格で他に転売することを被告会社に委託する旨の「約定書」を交わした。それと同時に、被告山本は、「右土地は原告の購入後一〇年以上経過して、雑木、草等が茂り、境界がはっきりしなくなっているので、転売するには、下刈伐開して、測量し、境界杭の設置をする必要がある。それには、金一〇八万九〇〇〇円の費用がかかる。」と説明したので、原告はこれを信じ、右土地を金一〇八九万円で転売してもらうにはその程度の費用はやむをえないと考え、被告会社に右測量等を代金一〇八万九〇〇〇円で注文する旨の「測量工事発注書」に署名捺印して被告山本に交付し、被告会社がこれを請負う旨の「測量工事請負書」を受領した。

(4) そして、原告は、翌三月三日、右測量等の代金(本件測量等代金)の一部(着手金)として金二〇万円を銀行振込で支払った。

(5) 他方、被告会社では、右同日前記田中調査士に本件土地の測量を発注し、同人は、積雪の中、代金四四万五六〇〇円でこの測量を行った。そして、同年三月二〇日、被告山本は、右測量の結果報告書を原告に交付し、これと引換えに原告から本件測量等代金の残金(完工金)八八万九〇〇〇円の支払を受けた。なお、被告らはその後同年五、六月頃に、本件土地の下刈伐開を富士住宅に行わせたとして、その代金二五万円の領収書を提出している。

(6) しかるに、その後被告山本その他原告会社から何の連絡、報告もなかったため、原告の妻静代が、同年九月二〇日過ぎ頃、被告会社にどうなっているかとの問合わせの電話をしたところ、女性事務員が「被告山本は五月から入院している。本件土地の件は上司の被告井上が引き継いでやっている。」旨答えただけであった。そこで、静代がその二、三日後に再度電話し、何の連絡もないことを責めたところ、被告井上は「今年は雪が多く、仕事がはけていないので、一〇月一杯まで待ってほしい。」と答えるのみであった。そして、その後は、被告会社は、転売方仲介を行う意思も、右土地を被告会社が買取ったりその代金を立替支払ったりする意思もないことを明らかにして、現在に至っている。

(7) 本件についても、転売提示価格の決定は被告雛田の意向に基づくものであるし、同被告は、原告に対する勧誘の状況、結果の報告を受け、前記約定書に自ら被告会社代表者として記名捺印する等、具体的に指示、関与している。

3  次に、本件土地の価額、転売可能性及び転売仲介の意思の有無について検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、本件土地の昭和六一年度の固定資産評価額は金二五二〇円であること、右土地についての相続税財産評価基準による評価倍率は昭和六一、六二年とも五・四倍であること、北海道が国土利用計画法に基づき昭和六二年に実施した地価調査による標準価格では、上川郡内の山林としては二地点の基準地があり、一〇〇〇平方メートル当たり四万五〇〇〇円と二万〇五〇〇円であること、以上の各事実が認められ、右認定の事実関係によれば、本件土地の客観的価額は、高めに見てもせいぜい金五万円前後でしかないものと認めるのが相当である。

(二)(1)  これに対し、被告雛田本人は、本件土地の価額はもっと高額であるとし、これを坪当たり三万円で転売できると判断した根拠として、(イ)本件土地から車で約一五分か二〇分位行った士別市の土地開発公社で分譲した価格が昭和五九年当時で一平方メートル当たり九〇〇〇円であった旨、(ロ)本件の近くで関東や関西の業者等が坪当たり三万円位の相場で仲介していた旨、及び、(ハ)地元の富士住宅が北海道の相場を把握している旨供述する。そして、被告らは右(イ)の供述を裏付けるものとして士別市開発公社の工業団地の案内書を乙第七号証として提出しており、同号証の成立は弁論の全趣旨により認められる。

しかし、右乙第七号証によれば、なるほどその分譲価格は一平方メートル当たり九〇〇〇円とされているが、他方それは用水・排水・電力の設備が完備し、交道の便も整った工業団地内の土地であることが右乙号証自体から明らかであって、到底本件土地と近似した条件にある土地とはいえず、その価額は参考とはなりえない。

また、被告雛田本人は、その供述する「関東・関西の業者」の名前を、なんら合理的理由もなく明かさず、右業者が坪当たり三万円で仲介していたことを示す資料も何ら提出されていない。

更に、前記のとおり、右(ハ)の供述にいう富士住宅は、被告雛田により設立され、その意向に基づき経営されている会社であるうえ、富士住宅がどのように土地の相場を把握しているのかについては何らの証拠もない。

したがって、被告雛田本人の右(イ)ないし(ハ)の供述部分は採用できない。

(2) 尚、前記2の事実関係に照らせば、原告が本件土地を購入した価額もまた不当に高額なものであって、客観的価額を評価、把握するには参考としえないことが明らかである。

(3) そして、他に、前記認定を覆して本件土地が坪当たり三万円近くの価額を有するとか或いは近い将来かかる価額になる可能性があるものと認むべき証拠は何もない。

(三)  そうすると、本件土地を適正な取引によって坪当たり三万円、合計金一〇八九万円(ないしこれに近い金額)で転売できるとは到底考えられないものというべきであり、したがってまた、特段の事情のない限り、被告らにおいても右価格で転売できるものと合理的に予測してはおらず、右価格で転売方斡旋、仲介する意思は有していなかったものと認めるのが相当である。

(四)(1)  これに対し、被告雛田本人は、「被告会社は、北海道の山林、原野につき二〇〇〇件前後或いは三〇〇件余りの転売の仲介実績があり、その中には上川郡の土地も含まれている。」旨供述し、《証拠省略》にも同旨の部分がある。

しかしながら、右各供述部分を裏付けるに足りる客観的資料は何ら提出されていない。この点につき、被告雛田本人は、「被告会社は北海道の土地の仲介手数料収入を裏金でやっており、同社の決算外で処理し税務申告もしていない。」旨弁明し、供述するが、同社の顧客にとり土地の買受資金が税務当局に発覚しては困る性質のものだとしても、その買受土地につき所有権の移転登記はすると供述しているのだから、顧客本人の買受の事実は公になるのであり、仲介した同社において、手数料収入を決算外の裏金として処理する必要性があるものとは到底考えられない。むしろ、被告会社には被告雛田本人が供述するような転売仲介実績はなく、それが決算書や税務申告書に反映しているのを繕うために、被告雛田本人は前記の如き不自然な供述に終始しているものと解される。

したがって、同雛田本人の前記供述部分は採用できない。

また、被告雛田本人は、「被告会社では、本件土地等の買受希望者を二、三度現地に案内するなどして転売の努力をした。」旨供述するが、その案内した希望者等につき何ら明らかにせず、これの裏付け資料も何ら提出しない。

したがって、右供述も採用できない。

(2) そして、他に右(三)の認定、判断を左右する証拠はない。

4  尚、本件測量等代金の適否についてみるに、

(一)  前記認定、判断したところに照らせば、本件測量等代金が本件土地の客観的価額に対比して、著しく不相当な額であることは明らかである。

(二)  また、被告雛田本人は、右代金は測量等の費用として適正な範囲内の額である旨の供述をするけれども、同本人の供述によれば、一一月から五月までは積雪のため転売方仲介の作業は進捗しないと言いつつ、格別測量等を急ぐべき合理的事情もないまま、単に田中調査士の収入確保のため積雪時に余分な費用をかけて測量を行わせたというのであり、その他本件測量等代金の内訳に関する同本人の説明及び類似紛争事案の別件訴訟での同本人及び田中調査士の測量費に関する説明があいまい且つ不合理であることも合わせ考えると、本件土地の価額との対比を別にしても、本件測量等代金額の相当性には大いに疑問があるものといわざるをえない。

5  以上2ないし4で認定、判断したところに基づいて検討すると、

(一)(1)  被告山本は、本件土地を金一〇八九万円で他に転売できる客観的可能性も、その意思もないのに、あたかもこれが確実であるかのように装って、原告にその転売斡旋、仲介方を申し入れ、原告をしてその旨誤信させたうえ、その転売準備のための測量等の費用名義で金一〇八万九〇〇〇円を交付させ、これを騙取したものと認めるのが相当であり、その行為(本件行為)は不法行為を構成するものというべきである。

(2) なお、被告会社が本件土地の測量を実行しその結果報告書を原告に交付したことは前記のとおりであるけれども、前認定の事実関係によれば、原告としては、本件土地を金一〇八九万円で確実に転売してもらえると誤信したが故に、右測量等を発注することとし、代金を支払ったものであり、そのような誤信がなく転売の見込のないことが判っていたならば、かかる費用をかけて測量等を行う意思も必要もなかったことが明らかであり、このことは被告山本をはじめ被告らにおいては十分認識していたものと認められるから、右測量実行の事実では、前記(1)の認定判断は左右されず、既に排斥した被告雛田本人の供述以外には右認定、判断を左右する証拠はない。

(二)  本件行為は被告会社の事業活動の一環としてなされたもので、被告山本が本件行為をなすについては、直属の上司たる営業部長の被告井上の指示を受けてなしたものと認められる。

(三)  次に、被告雛田は、被告会社の代表者として本件行為のような商法(本件商法)を企画し、被告会社の取締役、従業員及び富士住宅の取締役等を指揮してこれを推進、実行してきたものであり、被告山本が本件行為をなすについても、被告井上とともにこれを指揮・加功したものと認めるのが相当であり、これを左右する証拠はない。

(四)  更に、被告大沼は富士住宅の代表者として・被告村岡は同社において登記簿閲覧・名簿作成を行う直接の担当者として、本件商法ひいてはその一環としての本件行為につき、協力・加功したものと認めるのが相当であり、これを左右する証拠はない。

(五)  右(二)ないし(四)で認定・判断したところによれば、被告井上、同雛田、同大沼、同村岡は、被告山本の共同不法行為者として、同被告とともに、本件行為によって原告の被った損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

(六)  次いで、被告会社は被告山本の使用者であり、被告山本の本件行為は被告会社の事業の執行につきなされたことが明らかであるから、被告会社は民法七一五条一項に基づく不法行為責任(使用者責任)を負うものというべきである。

三  進んで、損害について検討する。

1  前記認定の事実関係によれば、原告は本件行為により本件測量等の代金名下に金一〇八万九〇〇〇円を騙取され同額の財産的損害を被ったものというべきである。

2  なお、被告会社は本件土地の測量等を行い、原告はその測量結果報告書を受領して保持しているけれども、前記認定の事実関係によれば、本件土地は今後相当の期間内に相当価額(原告の出捐した金額には及ばないとしても、処分にかかる経費に照らして若干でも経済的意義を有しうる価額)で処分しうる見込は存在しないものと認められ、また、原告の年令、立場、本件土地の位置関係等からして原告がこれを利用しうる可能性もなく、元来原告にはその意思もなかったものと認められるから、右測量等及びその報告書は原告にとって何らの価値、利益もなきものといわざるをえず、これは損益相殺の対象となりえない。

3  前記認定の事実関係によれば、原告は本件行為により欺罔され、金員を騙取されて相当の精神的苦痛を被ったものと認められ、これに本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、その精神的苦痛に対する慰藉料としては金一〇万円をもって相当と認められる。

4  次に本件事案の内容、審理の経過、認容額等に鑑みると、本件行為と相当因果関係のある損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用は、金一二万円をもって相当と認められる。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自右損害賠償金一三〇万九〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為終了の日である昭和六一年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺修明)

〈以下省略〉

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